
魔界対策委員会【円卓】の幹部にして日本方面の総督。自他ともに認める“無能”──癖の強い最高戦力たちに挟まれ、日本に来てから胃薬の消費量が増え続けている。
「負傷により戦線を離脱していたクロードが、本日より【円卓】に復帰することと相成りました」
ILLUST / たとう式
“吸血鬼狩り”で名高いオリーブ家の貴族軍人。戦団【黄金の夜明け団】を率いる。魔界での戦いで鼻の骨と、心に深い傷を負った。
「ふん。増援などなくとも、私の手勢だけで魔族を殲滅してみせるとも」
ILLUST / ヤぴ
【百鬼衆】を率いる“鬼斬り”の武人。刃渡りだけで背丈を超える規格外の大太刀を振るう。
「何ならお主らは後ろの方で震えていても構わんが?」
ILLUST / あすかパン
【C,R,C】の主任にして、ロボット開発の第一人者。目的は我が社の製品──暴走したロボットたちの回収。
「出来れば魔族は生け捕りにしてくれると助かるね。とくに頭は傷つけないように」
ILLUST / あさり
マリア直下の騎士団【ドラグーン・ナイツ】の団長。感情が欠落したかのような顔で、誰よりも鮮烈に魔族の群れを斬って捨てる。
「……そうか。俺も噂には聞いている。“魔族”という危険な外来種の噂をな」
ILLUST / 二条
燃える剣を手に、天使の軍勢【ホーリー・クイーン】を率いる“熾天使”。ヒューマンを“可能性の原石”と評する。
「天使たちよ。魔族を滅ぼすことが我らの使命である!」
ILLUST / 二条とある養鶏場にて。
「福岡も物騒になったよなぁ」
そう呟いた男の手には、小さな“ひよこ”が握られていた。
箱に入った“ひよこ”を手に取り、別の箱に振り分ける。そんな作業を続けながら、男は小さなため息を吐いた。
どこか寂れた養鶏場。
薄暗い部屋には男1人の姿しかない。
昔はもっと人がいたのだ。
だが、皆いなくなった。魔界から魔族が現れて、【円卓】の兵士たちがやって来て、栄えていたはずの福岡の地は、あっという間に戦場と化した。
血で血を洗うような戦場になどいられない。普通のヒューマンは、当然のようにそう考える。だから皆が大事な鶏を男に任せて、さっさと疎開してしまったことに不満も恨みもありはしない。
だが、少しだけ寂しかった。
鶏の世話をして、卵を回収し、ひよこを鑑別する毎日。昔はそれで不満など無かった。仕事は大変だし、税金も高いが、それでも充実した毎日を送っていた。
あの頃が懐かしい。
最近、そう思うことが増えた。
「俺もそろそろ疎開するか。それとも……いっそのこと、魔族相手に商売って手もあるな」
ぴよぴよと鳴くひよこを両手に持ちながら、男は本日、何度目かのため息を零す。
マリア・ドラグナイトは自他ともに認める“無能”である。
福岡は中央区、かつての城跡、大濠公園。その名の遠い、周囲を深い濠に囲まれた城跡に、見慣れぬ城が建っていた。
いかにも西洋風の建造物で、その名も“アヴァロン”。魔族の殲滅を目標に掲げ、人類救済のために戦う多国籍組織、魔界対策委員会【円卓】が日本における拠点である。
或いは、前線基地と言ってもいいか。
何しろ目と鼻の先、中州から博多駅にかけては魔族に占拠されているのだ。急ぎ博多前線の解放を目指す【円卓】であったが、なかなかどうして作戦は遅々として進まない。
視界の通らぬ中州の街中に展開した魔族たちは、建物や放置された車両の影、時にはマンホールの中から現れ、【円卓】の侵攻を阻むのである。
都市部におけるゲリラ戦。時代で言うと、もう数十年から100年ほどは古い戦略だが、これが【円卓】の兵士たちには酷く効果的だった。
先の魔界侵攻で、主力であったクロード・オリーブの率いる戦団【黄金の夜明け団】が壊滅的な被害を受けたのも原因の一端か。何しろ現在の日本と来たら“結界”により海外からは隔離された状態にある。
一度失った武器や兵器……とくに戦車などの大型兵器を補充するには、長い時間がかかるのだ。
「補充の戦力や武器、弾薬、兵器の類は生憎とまだ届いていませんが……しかし、良い知らせもあります。負傷により戦線を離脱していたクロードが、本日より【円卓】に復帰することと相成りました」
“アヴァロン”が最上階、円卓を囲む面々の顔を見回して、マリアはそんな言葉を口にした。その声は僅かに震えているが、いつものことなので誰も気にすることは無い。
円卓を囲むのは、マリアの他には先に名の挙がった貴族軍人、クロード・オリーブ。その隣に座っている血色の悪い青年は【C,R,C】の主任にして、ロボット開発の第一人者、ハリー・チャペック。そして最後に、離れた位置で腕組みをしたまま身動きひとつしない壮年、“武人”山ン本 伊左衛門。
以上4名に、この場にいない参謀を加えた総勢5人が【円卓】の幹部。つまり、人間界の誇る最高戦力たちで、魔族にとっての“敵”である。
「ふん。増援などなくとも、私の手勢だけで魔族を殲滅してみせるとも」
窓の外に目を向けて、クロード・オリーブはそう言った。許可さえ出れば、今すぐにでも自分の軍を率いて中州に攻め込みそうな勢いだ。
だが、待ってほしい。
クロード率いる【黄金の夜明け団】は精鋭揃いだが、既に昨年、魔族たちに手痛い敗北を喫しているではないか。魔界に攻め込んだ挙句、戦力の大半を失い敗走。さらに敗走の途中で【Wild Bunch】の魔族たちの追撃を受けて軍勢は崩壊。
再編にかかった時間はおよそ1年ほど。つまり、つい先日までクロードの軍はまともに機能していなかったということだ。
まぁ、無駄な犠牲というわけでもない。第一目的であった“魔族全体を対象とした弱体化結界の展開”は見事に成し遂げたのだから。
「ふむ。“吸血鬼狩り”で名高いオリーブ家の軍勢か」
勢い込むクロードを横目で見ながら、総髪の武者がおかしそうに鼻を鳴らした。明らかに嘲る意図の滲む態度に、クロードはギリを奥歯を噛み締める。
「何が言いたいんだい?」
「口ほどにもない風でござったが……任せて大丈夫でござるかな? と、そう言いたいのだ。何ならお主らは後ろの方で震えていても構わんが?」
戦争は我ら【百鬼衆】に任されよ。
そう言って武者……伊左衛門は、傍らに立てかけていた規格外の大太刀に手を伸ばす。刃渡りだけでも伊左衛門の背丈を超えるほどに巨大な太刀である。そんなもの満足に振り回せるものなのか? と、マリアは少し不思議に思った。
現実逃避だ。そんなこと考えている場合じゃない。
「“鬼斬り”の山ン本だったか。大層な異名だが、本当に戦えるのかな? 君のところの兵士を見たが、なんだい? あの古臭い装備は」
「何なれば、魔族より先にその高い鼻、もう1度、叩き潰してやっても構わんでござるよ?」
「ぅぅぅぁあああ!! 吐いた唾は飲み込むなよ! この*貴族的スラング*が!」
魔族との大戦を前に【円卓】崩壊の危機である。
そもそも【円卓】という名前が不吉だったのだ。誰だ、こんな名前を付けたのは。しくしくと痛む腹を押さえて、マリアは“きゅう”と唇をすぼめた。
日本に来てからというもの、胃薬の消費量が増え続けている。
(は、鼻のことは言うんじゃないわよ)
何しろクロードと来たら、魔界での戦いで鼻の骨を砕かれたのだ。人間界に帰還してしばらくの間は、顔面に包帯をぐるぐる巻きにしたミイラのような様相だった。幸い、高い鼻は元の通りに治ったが、心に負った傷の方は未だ癒えていないのだろう。
ヴァンパイア嫌いは最初からだが、曰く今ではウィッチなども嫌悪の対象であるらしい。果たして魔界で何があったのか……クロードが頑なに話そうとしないので、詳しいところは不明である。
とはいえ、クロードや伊左衛門が実力者なのは当然として、2人の率いる【黄金の夜明け団】や【百鬼衆】が精強なのも間違いない。少なくとも、人類の保有する戦力の中では上澄みである。
「まったく、少し落ち着きなさい。君たちは敵を誤認しているのか?」
2人の会話……と言う名の喧嘩を仲裁したのは、眼鏡をかけた痩身の男。ロボット開発の第一人者、ハリー・チャペックである。
「どちらでも構わないから、さっさと戦いに赴くといい。あぁ、出来れば魔族は生け捕りにしてくれると助かるね。とくに頭は傷つけないように」
そう言うと、ハリーは席を立ちあがる。
「何処へ行くんです? ハリー・チャペック」
「大阪に。福岡はそこの2人と、マリア総督の軍にお任せするよ」
「……そうでしたね。大阪の方にも魔族が現れたのでしたっけ」
「まぁ、そうだね。もっとも僕の目的は我が社の製品……暴走したロボットたちの回収なわけだが。魔族の方もついでに牽制しておこう」
アフターケアは大事だろう?
そう言い残して、ハリーは部屋を出て行った。
同時刻、天神。
渡辺通りの真ん中で、魔族と騎士が戦っていた。
「時代錯誤なことだが……なかなかどうして、懐かしい戦い方をする者たちだ」
鎧を着こんだ騎士の軍勢。
隊列を組んでじりじりと前進する騎士団と、その背後に展開した魔法使いの集団は、少しずつ、けれど着実に魔族たちを押し返している。
「とくに奴が懐かしい。昔にもあんな奴がいた」
空から戦場を見下ろして、その天使はそう呟いた。
天使の視線が向かう先には、騎士団の先頭に立ち剣を振る1人の青年の姿があった。アークトゥルスという名の騎士で、マリア・ドラグナイト直下の騎士団【ドラグーン・ナイツ】の団長である。
火炎と風を纏った拳がうなりを上げた。
それは、ごく小規模な災害。しかし、アークトゥルスには届かない。
片手で握った剣を軽く一閃させて、炎と風を斬り捨てる。拳に灯した炎が掻き消え、ディーネ・W・ヒバシラの手首から血飛沫が散った。
「っとと! こりゃ危ないぜよ!」
斬られた手首を押さえながら、ディーネは突風に乗って数メートルほど一気に後退。滑るように着地しながら、獰猛な笑みを貼り付けた顔でアークトゥルスを睨みつけた。
じろじろと無遠慮な、実験の結果を観察するかのような視線。通常であれば、嫌悪感を覚えても当然な態度なれど、アークトゥルスは微塵さえも表情を動かさない。
まるで感情というものが、すっぽりと欠落してしまっているかのような。そんなどこか呆とした顔で、ディーネを見つめ返していた。
「あー……ほぉか! おんしがアークトゥルスとかいう奴か! 噂には聞いちょるぜよ!」
「……そうか。俺も噂には聞いている。“魔族”という危険な外来種の噂をな」
手首から流れる血もそのままに、ディーネは拳を握りなおした。顔の前で両手を揃えた“ピーカブー・スタイル”。人間界に来てから覚えた“ボクシング”の構えである。
対するアークトゥルスは正眼。身体を真正面に向け、胸の高さに剣を構える正統派の騎士剣術。抜群の対応力を誇る構えに隙は無く、ディーネは攻めるに攻められない。
口元には笑みを浮かべながらも、ディーネは内心で冷や汗を流した。
(こいつ、何を考えちゅうがか? 表情が変わらん相手はこれだからやりにくいぜよ)
アークトゥルスの実力は確か。
けれど、戦っていてあまり楽しくない相手。自分との相性は悪そうだ、とディーネは舌打ちを零す。
魔族と
剣と魔法と銃弾の飛び交う戦場において、誰よりも鮮烈に魔族の群れを斬って捨てるはアークトゥルス。血に濡れた鎧が、彼の戦果を如実に物語っていた。
「技術はまだまだ拙いが、素質は十分だ……戦いを繰り返せば化けるぞ」
やはり
どこか嬉しそうな顔をして、その天使……デロリスは腰に提げた剣へと手を伸ばす。
デロリスに呼応するように、背後に控えた天使の軍勢……【ホーリー・クイーン】は武器を構える。誰1人として無駄な言葉を口にせず、けれど一切のズレがない揃い切った動作であった。
「天使たちよ。魔族を滅ぼすことが我らの使命である!」
ゆえに戦い、そして死ね。
燃える剣を前へと突き出し、デロリスは唸るようにそう告げた。
参戦の号令を受け、
それは1つの濁流であった。魔族たちに無慈悲な死をもたらすための死の奔流。対する魔族は、意気揚々と武器を構えて雄叫びをあげる。
死んだり、殺ったりは魔界の常だ。
弱肉強食上等と、既に覚悟は決めている。