
「S,O,S」党首を務める思慮深いマーフォークの“医師”。6本の触腕を胸の前で組み、梅田駅に集う難民たちの処遇を明晰な頭脳で導き出す。
「ふむ? 察するに……何かの“ブレイクスルー”的な出来事が起きた、と言うことか?」
ILLUST / 二条
リトー団の幹部が1人、デビル種の男。マスケット銃を片手に、川に沈んだロボットを拾い上げる。口は悪いが、面倒見はそう悪くない。
「……別におかしかないけどな。そんな“当たり前”のことが、上手くいかねぇって奴もいるさ」
ILLUST / 二条
リトー団の党員として“世界の果て”を目指す黒いウーズ。ブルーとイエローのダイクロイックアイがお気に入りのチャームポイント。ルシアーノに懐いて付き纏う。
「ルシアーノさん、ルシアーノさん! ロボットです! ロボットがいました!」
ILLUST / カラノハところは大阪、梅田駅。
駅構内に溢れかえった
空いているスペースを埋め尽くす勢いで、今もその数を増やし続ける
福岡は博多の方で【アルカナ】を得た
同族から排斥され、行き場を失い、食うや食わずのその日暮らしを強いられていた者たちだ。多少の反感はあれど、概ね良好な関係を構築できたという情報は共有されていたし、いずれは大阪の方でも
だが、しかし、それでもだ。
それにしたってあまりにも数が多すぎる。
「ふむ? 察するに……何かの“ブレイクスルー”的な出来事が起きた、と言うことか?」
6本の触腕を胸の前で組むようにして、ウィルは不思議そうに首を傾げた。
つい先日まで、梅田駅など“危険な場所”のように扱われていたはずだ。肝試し感覚で近づいて来る人間などは時々いたが、魔族に接触しようと目論むような者はいなかった。
そもそも、梅田駅の周囲に展開している自衛隊や警察隊がそれを許しはしなかったのだ。おそらく今も、自衛隊や警察は駅の周りに展開しているはずである。
と、なれば……ここに集まったヒューマンやアンヘル、ロボットたちは自衛隊や警察隊の防衛線を無理やり超えて来たということになるだろうか。
何が彼らを、それほどまでに駆り立てたのか。
「いや、しかし悪くはないか? 見ればこいつら、薄汚れていたり、痩せていたりと生活に困窮している様子」
困り果てた末、魔族に縋る他に選べる道が無くなってしまった“廃棄者”たち。追い返すなり、奴隷にするなりと“酷い扱い”をするのは簡単ではあるが、それはあまりに勿体ないとウィルの明晰な頭脳は答えを導き出した。
(人間は慈善事業が好きらしい。ここは1つ、行き場の無い難民たちを助けておけば……今後の活動がやり易くなるというもの)
要するに好感度稼ぎである。
なお“人間は慈善事業が好きらしい”の情報ソースは、梅田駅構内に残されていた人間たちの書物である。それゆえにウィルは知らないのだ。人間は割と“本音の建て前”を使い分けるということや、“慈善事業のほとんどは誰かの利益に繋がっている”ということに。
遡ること数日前。
大阪郊外、とある大きな川の傍。
「ルシアーノさん、ルシアーノさん! ロボットです! ロボットがいました!」
流れる川の真ん中あたりに目を向けて、黒いウーズが跳びはねる。
そのウーズの名はリ・リ。
リトー団の党員として、仲間と共に“世界の果て”を目指す旅路を歩むものである。
「ロボットって……生きてんのか、あれ?」
リ・リに呼ばれて億劫そうにテントから顔を覗かせたのは、リトー団の幹部が1人、デビル種のルシアーノという男。
念のために、とマスケット銃を抜きながら流れる川に近づいていく。なるほど、確かにリ・リの言葉は真実だ。川の真ん中に半ばほど沈んでいるのは、全身に錆の浮かんだ金属の身体。ロボットである。
「……おい、そこの。生きてるなら返事をしろ。死んでるならまぁ……どうでもいいが」
マスケット銃を構えたまま、ルシアーノはロボットに声をかけた。
ルシアーノの足元では、リ・リが左右に揺れている。リ・リなりにロボットを威嚇しているつもりなのだろう。
「ぅ……ぅぅ」
辛うじて意識はあったのだろう。
ルシアーノの声に応じるように、ロボットは僅かに手を持ち上げた。だが、それだけだ。満身創痍のロボットは、それ以上なにか言葉を口にするようなこともなく、川の流れに身を任せるだけ。
「ちっ……。おい、誰かアイツを拾って来い」
ロボットなんて助けてやるような義理もない。だが助けて恩でも売ってしまえば情報源にはなるかも、と。
そう考えたルシアーノは、手下たちにロボットのサルベージを命令したのだった。
【アルカナ】に目覚めて、自我を獲得したロボットがいる。
昨年に起きた人間の軍勢による魔界侵攻。
その際に生じた“何らかの異常”により【世界】以外のアルカナを得た
もっとも、その自我とやらが“ロボットに搭載された脳みそ”本来の自我なのか、それとも新たに“無から生じた自我”なのかは不明である。
「ロボットの中には、生前の記憶を取り戻したという者もいますが……まぁ、実際のところは不明ですね。ちなみに私は“自我を得る前の記憶”などは有していないです」
救助されたロボットは、思ったよりも饒舌だった。まぁ、黒いガラスで覆われたような頭部に“口”だとか“舌”だとかは存在しないが。
「自我を得たロボットは工場や配属先からの脱走を企てました。留まっていても“故障した機体”として処分されるだけでしたからね。そのまま黙って死ぬぐらいなら、命がけの逃走に身を投じるのがいいと思ったのです」
逃げた先に、ロボットの楽園があると夢見て。
結果は、まぁ……見ての通り。
ロボットたちの製造者コッペリア・ロボット・カンパニー、通称【C,R,C】の連中に追い回されて、逃げたロボットの何割かは破壊されてしまったらしい。そして残った何割かも、散り散りになって日本の各所に……と言っても、多くは工場のある大阪付近か、戦場の最前線たる福岡近郊だが……に身を潜めているのだとか。
「それで? お前はなんで川の真ん中で錆びついてたんだ? 隠れてりゃよかっただろ?」
「…………」
ルシアーノの問いかけに、ロボットは沈黙を返した。
何か悩んでいるのだろうか。黒いガラスカバーの奥で赤い光が点滅している。
「笑われてしまうかもしれませんが」
悩んだ末に、ロボットは1枚のチラシを取り出した。
そのチラシには「集え! 命知らずの
「……こういうことすんのは【死ん世界党】だな」
何を企んでいるかは知らないが、【死ん世界党】は新たな党員の募集を開始したらしい。
「人間の世界は私たちを受け入れてくれませんでした。だったらもう……危険だろうと、暴力的だろうと、魔族に縋る他ないと」
そのロボットにとって、それは勇気のいる選択であったのだろう。
魔族たちに合流し、共に生きようとしたのだろう。
だが、ロボットの目論見は失敗に終わった。
【死ん世界党】の魔族がいるという大阪の地へと向かう途中で【C,R,C】のロボット軍団に発見されて、危うく破壊されかけたのだ。
自我を持たず、ただ命令に従うだけのロボットである。容赦のない砲撃を浴び、損傷した身体を引き摺って、命からがら川へと転落。
それから数日、川の真ん中で機能停止を待つだけの日々を送っていたという。
「つまり“普通に暮らしたい”んだな、お前は」
「えぇ。おかしいですよね」
「……別におかしかないけどな。そんな“当たり前”のことが、上手くいかねぇって奴もいるさ」
ロボットにチラシを返しながら、ルシアーノは小さなため息を零す。それからルシアーノは、リ・リに運んで来させた“オイル”をロボットの手に握らせた。
「永久凍土の調査とやらがどんなもんかは知らねぇけどな、まぁ【死ん世界党】の連中は甘ちゃん揃いだ。きっと悪いようにはされないだろうさ」
だから生きろよ。
ルシアーノのかけたこの一言が、かのロボットにある種の希望を与えたことを、彼は理解していない。
リトー団が、ロボットを助けた日のことだ。
「“北海道調査隊”かぁ」
地面に散らばるチラシを拾い上げながら、1人の魔族がそう呟いた。
肩に羽織をかけた巨大な“鳥”である。腰に差した刀からは、まだ新しい血の匂いが漂っていた。きっと誰ぞ斬ったのだろうが、付近にそれらしい遺体は見当たらない。
逃げおおせたのか、或いは、既に“処理”済みか。
「【死ん世界党】……いしゃぁらは、永久凍土に何をしに行くんだろうなぁ?」
なんて。
いかにも悪辣な笑みを浮かべて、その魔族は何処かへ歩き去っていく。