
魔界で人気の動画配信サービス“Genocideちゃんねる”を運営する配信者。リスナーを飽きさせない生粋のエンターテイナー。
『魔界の皆のお時間泥棒! お耳の悪友! 争え、もっと争えでおなじみ、Genocideちゃんねるの時間だよ!』
ILLUST / 二条
“炎上系”のレッテルを貼られた人間の動画配信者。実体験で培った経験値は本物。
「炎上上等! 燃えてなんぼのマッチ・ザ・ルシファーですわ!」
ILLUST / おまぐ
全長50センチほどの魔界の生き物。丸っこい体躯に円らな瞳。警戒心はとても薄い。
「カポー!」
ある少女はバチキレた。
必ずや、このコルコ・コルシカなる配信者をとっちめてやると心に誓った。
少女もまた、動画配信者であった。だが、少女にはコルコ・コルシカほどの人気は無く、またリスナーの興味関心を惹けるほどのネタも無い。ネタを探して右往左往しているうちに、気づけばすっかり“炎上系”だの“迷惑系”だの、いらんレッテルを貼られてしまった辺りがとても業腹であった。
まぁ、事実無根ではないので自業自得の慣れの果て。
少し前には【魔族、捕まえてみた!】という企画を立てたが、当たり前のように失敗したし炎上した。だと言うのに、このコルコ・コルシカという女はなんだ。
「魔族が! わたしの飯の種を! 奪うつもりですの!」
とっちめてやる。
捕まえて、説教してやる。
さもなきゃ腹の虫が収まらぬと、怒髪天を突く勢いで後も先もなく気づけば夜道を駆け出していた。
出る杭は叩くより、引っこ抜いてしまった方が面倒が少ないのだ。
向かう先は梅田駅。
昨年の魔族襲来事件からこっち、人間たちがすっかり立ち寄らなくなった文字通りの魔窟である。今ではすっかり魔族たちが住み着いており、何やら空いたテナントに寝床を作ったり、“店舗”をオープンさせたりなどしているという噂もあった。
まぁ、つまりは人間にとって“危険”な場所ということだ。
少女が両手で抱えているのは、数十センチほどの大きな虫だ。その虫の目に当たる位置にはガラス板のようなものが埋め込まれており、魔族の姿が映し出されている。少女には未だ知り得ぬことだが“TV蟲”という名の魔界の道具だ。
少女の腕の中で、うぞうぞと6本の脚を蠢かせている。顔をしかめた少女は、一瞬だけTV蟲を手放すかどうか悩んだが、悲しいかな今の彼女が所有している“魔族に繋がるチケット”はこれしかない。
うげぇ、と苦い顔をしたまま、少女はTV蟲の目を覗き込んだ。
『魔界の皆のお時間泥棒! お耳の悪友! 争え、もっと争えでおなじみ、Genocideちゃんねるの時間だよ!』
映っているのはコルコ・コルシカという魔族であった。
曰く、魔界で人気の動画配信サービス“Genocideちゃんねる”を運営する配信者らしい。
愛らしい容姿に血色の悪い肌。明朗闊達、立て板に水と途切れることなく流れ続ける言の葉の滝。リスナーを引き込み、飽きさせないための工夫が随所に感じられる。
コルコ・コルシカはエンターテイナーであった。
きっと、魔界では大人気なのだろう。あちこちの企業からコラボ案件などもらっているに違いない。
それが、少女には憎らしくて溜まらない。
『今日は~★ なんと! 話題の人間界に遊びに来ていまーす★ ちょっぴりドキドキ★ めちゃくちゃワクワクっ★』
なにがワクワクだ! こっちはイライラが止まらない!
少女は怒りを叫びたかった。
だが、鋼の自制心を総動員して喉まで出かかった言葉を飲み込む。
今、叫んでしまうわけにはいかないのである。
かくして少女は、警察と自衛隊の警戒網を掻い潜り少女は梅田駅へと忍び込んだ。以前は大勢の人で賑わっていた梅田駅周辺は、今やすっかりゴーストタウンのような有様。店の明かりは消えていて、通りには武装した警官や自衛隊員の姿があるだけ。
少し離れた位置からは、野次馬なんかが様子を眺めていたけれど、誰1人として駅に近付こうとはしない。そんな中、少女は単身、駅に潜り込んだのだ。そこには並々ならぬ努力があったのは言うまでも無い。
なお、もちろん違法だ。“人間は梅田駅に近づかないように”と政府からのお達しが出ている。
だが、怒れる少女は違法程度じゃ止まらない。止められない。
一体これまで、どれだけの数の違法行為に手を染めてきたと思っているのか。何度の炎上を意地と気合で乗り越えてきたと思っているのか。褒められたことじゃないが、実体験で培った少女の経験値は本物であった。
梅田ダンジョンは、思いのほか、静かであった。
封鎖されてからこっち、電車が来なくなったのは知ってたが、それにしたって静かに過ぎる。以前の賑わっていた梅田駅の様子を知っている身からすれば、ひどく陰鬱で不気味に思えた。
もっとあちこちに魔族がうろついているものと思っていたが、実際にはそこまででは無かった。夜だから眠っているのか、それとも迷子になっているのか。梅田駅の構造は酷く入り組んでいるので、不慣れな魔族には歩くだけでもきつかろう。
コルコ・コルシカを探して、少女は駅ビルを歩き回った。
「カポー!」
「カカッポ?」
「カーカカポポポポ! ポッポ!!」
「……なにあれ? と、鳥……ですの?」
コルシカを探して彷徨う途中、少女は奇妙なものを見かけた。
全長50センチほどの緑の塊。羽毛に覆われた丸っこい体躯に、円らな瞳と黄色い嘴がくっついている。一見すると鳥のようだが、それにしても大き過ぎた。
カカ・ポという名の魔界の生き物である。
「!! これ! 捕まえればいいネタになるのではないかしら? 【魔界の生き物、捕まえていた!】ですわ!」
動画の撮影が終わったら、逃がしてやれば怒られないだろう。
そんな浅はかな考えで、少女は思いつきを行動に移した。思いついたら吉日である。実際には結果、炎上してしまうことが多いので吉日というか厄日であるが。
「そー……っと」
スマートホンのカメラを起動した少女は、足音を殺して静かに静かにカカ・ポの背後に近づいていく。
カカ・ポたちは廊下の真ん中に固まったまま、雑談(?)に花を咲かせていた。少女の接近にはまったく気づいていないのである。なんぼなんでも警戒心が薄すぎやしないか? と思わなくもないが、少女にとっては好都合。
「それ!」
カカ・ポを捕獲すべく手を伸ばす少女。
「こらぁぁぁーーーーーーーー★」
そして、カッとんでくるコルコ・コルシカ。
助走をつけて繰り出されたコルシカ渾身のドロップキックが少女の側頭部に突き刺さる。
「あ……ぶ!? 顔はあかんやろ!!」
汚れた床を転がりながら、少女は被っていた猫を速攻で脱ぎ捨てる。慌てて立ち上がるが、思ったよりもダメージが大きい。
「うちの撮影隊に何しようってのさ★」
コルシカ、大激怒である。
少女とカカ・ポの間に割り込み、腰を低くしてディフェンスの姿勢。
「下がりな、コルシカちゃん! こいつ
カカ・ポの守護者と化したコルシカを守るように、全身真っ黒のアーティファクト、サンカが前へ。拳を硬く握りしめ、油断なく少女を睨みつける。
「カポー……?」
「ポッポ」
「ポポッカ?」
現状が理解できないでいるカカ・ポは、困惑した様子でうろうろしていた。
「おい、早く逃げろって!」
「……カポ?」
逃げろ、と促すサンカの手元になにを勘違いしたか嘴を擦りつけるカカ・ポもいた。可愛らしいが今じゃない。
「人間~? 人間がこんなところに何の用なのぉ?」
「むしろ魔族が、人間の世界に何の用事ですわ。っていうかあなた、コルコ・コルシカですわね! “Genocideちゃんねる!”の!」
「あ? リスナー? サインもらいにきたの~★」
「んなわけあらへんやろ!!」
やはりコイツ、許しておけない。
とはいえ、コルシカに受けたドロップキックが効いている。視界はぐらぐら揺れているし、心なしか耳鳴りもしていた。武器も無ければ、そもそも戦う力も持たない少女に対し、相手は魔族が2人もいる。
コルシカとサンカ、2人の魔族を相手取るには些か戦力が足りていない感は否めない。じゃあ、少女が2人いたら勝てるかと言えば、そんなこともないのだが。
「きょ、今日は宣戦布告をしに来ましたの!」
なので少女は、急遽作戦を変更することにした。
「宣戦布告ぅ? コルシカちゃんにかな★」
ファンじゃなかったと分かって、コルシカは少し残念そう。
魔界では並ぶもののいない有名動画配信者(他にいないので)コルシカだが、残念ながら人間界での知名度は今のところ0に等しい。やっと人間のファンが出来たと思ったのに、ファンじゃなくてライバルだった。
「きっと今後も魔族と人間の交流は続くでしょう! それがどんな形にせよ、わたしたち動画配信者は注目の的になること間違いなし!」
「あー……ねっ★」
コルシカは、いかにも悪辣な笑みを浮かべた。
この赤い髪の少女、なかなかどうして目の付け所が悪くない。つまり少女は魔族と交流することで、リスナーを増やそうと言う心算なのだ。使えるものは何でも使う。赤い髪をした人間の少女と、コルコ・コルシカは“魂本”のところで似た者同士なのかもしれない。
「でも、人気者の座を“Genocideちゃんねる!”に譲るつもりはないですわ!」
震える手でコルシカを指さし、少女は高らかに名乗りを上げる。
「覚えておきなさい! わたしの名はマッチ・ザ・ルシファー! 炎上上等! 燃えてなんぼのマッチ・ザ・ルシファーですわ!」
その間もスマホのカメラは映像を撮影し続けていた。配信者としての矜持である。配信者は、いつどんな時でもカメラを止めてはならないのだ。
宣戦布告を終えたマッチは、壁に手をつきヨロヨロと来た道を引き返し始めた。今日のところは帰るつもりなのだろう。
「んー……★ サンカちゃん、彼女、安全なところまで送ってあげてくれる?」
「? いいのかよ? 逃がしちまって」
「いいのいいの★ 警察とか自衛隊とか、すぐ撃ってくるから危ないじゃん★」
「……?」
マッチ・ザ・ルシファーは人間なので、撃たれることは無いのでは?
サンカは訝しんだ。
不思議そうな顔をしているサンカとマッチを見送りながら、コルシカは薄っすらとした笑みを浮かべる。
「あの娘、使えそうだしね★」
その笑みは、いかにも魔族らしく悪辣極まるものだった。
ともあれ、これがコルコ・コルシカとマッチ・ザ・ルシファーのファーストコンタクト。魔族と人間の交流が、本格的に始まった日の物語。